ひとことで
今の身体や心のあり方に気づき、見失わずにいること。
八正道の一つです。「念」は、対象を忘れずに心に保つ働きに関わり、正念は仏教の実践全体の中で位置づけられます。
暮らしの中で考える
急いで食事を済ませているとき。
画面を見ながら食べ終え、味や満腹感を覚えていないことがあります。最初の数口だけでも、手元の食事や身体の感覚に注意を向けてみます。
これは暮らしで気づきを試す一例です。仏教の正念そのものを、食事の集中だけに置き換えるものではありません。
「今、肩に力が入っている」「今、返信を急いでいる」と短く言葉にしてみます。起きたことに気づくことと、そのまま行動することの間に余地をつくる例です。
ここでは、ことばを暮らしに結びつける一例として紹介します。
仏教での意味と背景
誤解しやすいところ
考えを無理に空にすることではありません。
気づいた内容をすぐ良し悪しで裁いたり、いつも穏やかでいられるはずだと期待したりする必要はありません。現代のマインドフルネスと、宗教的な正念は目的や文脈が一致するとは限りません。
今日、考えてみること
今日、いつもの動作を一つだけ丁寧に見てみるなら。
答えを急がず、思い浮かべてみてください。心理学ことば辞典で読む
注意を向ける働きと、仏教の実践の中での位置づけを分けて読みます。
