ひとことで
善いあり方を育てるために、実践を続けること。
仏教の精進は、ただ忙しく働くことではなく、望ましくない行いを離れ、望ましい行いを育てる努力に関わります。
暮らしの中で考える
続けたいことが途切れたとき。
毎日続けるつもりの習慣が、数日止まってしまうことがあります。全部失敗と考える前に、今日できる小さな量から再開してみます。
続ける目的と方法を見直し、無理が多ければ量を減らします。続けられる仕組みを考える例です。
急な坂を一度に駆け上がるより、休みながら道を確かめて歩く。努力の方向と継続を考えるたとえで、疲れ切ることを精進の証しにはしません。
ここでは、ことばを暮らしに結びつける一例として紹介します。
仏教での意味と背景
誤解しやすいところ
休まず働くほどよい、という意味ではありません。
目的を問わず努力を増やすことや、休息を怠けと決めることにはしません。「精進料理」は関連する日常用語ですが、精進全体の定義ではありません。
今日、考えてみること
続けたいことを、今日できる量にするとどれくらいでしょう。
答えを急がず、思い浮かべてみてください。