ひとことで
苦や変化のあり方を、明らかに理解していないこと。
仏教では迷いの根に関わる語です。単に情報を知らないことだけでなく、物事のあり方を見誤ることを考えます。
暮らしの中で考える
分かっているつもりを、少し緩める。
計画どおりに進むはずだと思っていたのに、天候や体調で予定が変わることがあります。自分の見通しにも条件があったと確かめます。
「見えていたのは一部だった」と言い直す。自分の理解の限界を考える日常の例です。
ここでは、ことばを暮らしに結びつける一例として紹介します。
仏教での意味と背景
誤解しやすいところ
知らないことを恥じさせる語ではありません。
一つ学んだだけで迷いがすべてなくなるわけでもありません。理解を確かめ直す余地を保ちます。
